ほうちゃんの日記・感動

食・農・暮らしの気づきでストレス解消、平和で心豊かな日本に!

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沖縄は楽しかったが、ひめゆりの塔で戦争の愚かさを知ると重くて切ない

ひめゆりの塔首里城美ら海水族館、米軍嘉手納基地(道の駅屋上から)、国際通り、公設市場、琉球料理店での琉球舞踊(四竹・料亭那覇)、いとまん農産物直売所、壷屋やむちん通り、三線の体験、琉球ガラス、泡盛醸造所、オリオンビール、タイガースのキャンプ見学など・・・・・・2月の1日(土)~3日(月)、12日(水])~14日(金)と沖縄へ二泊三日で2回行く機会があった。外国の観光客や修学旅行生などでにぎやか。琉球桜が満開で、20度前後でとても過ごしやすい時期だった。
★ぶらっと立ち寄った古民家の三線(さんしん)の工房「アッチャメ~小」では、大阪出身の楽器のセールスマンが三線にほれ込み職人となり頑張っていた。家庭料理の店「花笠食堂」の元気で愉快なお母さんたちの作る料理は味があった。島バナナ、島らっきょ、紅芋タルト、黒糖、クンペン(コンペン)、海ぶどう、バクダンかまぼこも美味しく海は珊瑚がありとてもきれい。
那覇市内のホテルでは海水の三重城温泉や金色の蛹(さなぎ)のオオゴマダラが飼育されており驚いた。壷屋焼きの工房「育陶園」では山口県からきているという若い女性が修行中で、観光客に体験指導をしていた。久しぶりにホテルの温水プールで泳いだ。ゆいレールというモノレールにも乗った。墓参りは年に一回(4月)だけだが、立派で大きくその前で料理を広げてにぎやかにお参りするという。
■戦後68年、ひめゆりの塔では、生き証人が少なくなる中で、資料や映像をはじめ語りついでいこうと取り組まれている。その中で、敗戦間際に看護にかり出された女学生の支援活動の現実と最後、「生き延びよ」と言った先生と「自決をもとめた軍トップ」リーダーの言葉の重さと戦争の愚かさは忘れてはいけないことと重く感じた。

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しあわせは いつも自分の心がきめる(相田みつを)